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明治大学将棋研究会OB列伝

斉藤 剛 1993年入学・関東オール学生最強者戦優勝・アマ名人戦千葉県代表など
 別名・斉藤C。高校選手権2位の実績を持って入学した。激しいまでの熱意で明大将研を引っ張り、王座戦2位に貢献した。研修会時代からの一貫した四間飛車党で、最近は穴熊を得意としている。また、個人でも17年ぶりに明治にタイトルをもたらしている。
 社団戦でも2003年には2部で14勝し、1部昇級の原動力となった。

藤田祐史 1993年入学
 将棋の実力も相当だが、レギュラー獲得などの野心はなかったようだ。将棋よりもマージャンが好きだったようで、在学中、彼のアパートは「雀荘ふじた」と呼ばれていた。

丹羽義裕 1993年入学
 振り飛車の力戦を得意にしていた。後半は、学業が忙しくてあまり活動に参加できなかったのは残念。その成果で有名企業に就職したが、配属の関係上、関東勤務になる可能性が相当ないらしい。非常に残念。

水井龍也 1994年入学・王座戦出場など

 高校竜王戦3位の実績を持って入学し、その年の王座戦出場に貢献した。また、関東幹事長も務めている。独特の人生観を持ち、その言動は非常に奥深い。特に、競馬に関してはいろいろな哲学があるようだ。
 現在、OB会の会計を勤め、実質的な現場責任者として、OB会の運営において中心的な働きをしている。

梅林功一郎 1994年入学・王座戦出場など
 入学当初から期待が高く、その年の王座戦にも数局出場して勝ち越した。3年になって、オーダーを組むようになってからは責任感が倍増し、安定感も増した。現在も忙しいながら社団戦に出てきて、貴重な勝ち星を挙げている。

阿部兼一 1994年入学
 入学当初は完全な初心者で、レギュラーに六枚落ちで教わっていた。しかし、そこから脅威の成長ぶりを見せ、二年の秋にはレギュラーを獲得し、B1優勝のMVPとなった。その後もレギュラーとしてA級で活躍した。また、サッカーも得意なようだ。

立石剛 1994年入学
 強力な同期がいたためにレギュラーは取れなかったが、運営のほうでは幹事長などで頑張っていた。一時期は他チームに所属していたが、最近、明治に復帰した。

藤見雄作 1994年入学
 ピアノが得意で、そちらのサークルと掛け持ちしていた。また、そこの女性会員を将棋研究会に入れようと奮闘していた。実生活においていろいろな修羅場を経験しているようで、ものすごいエピソードが多い。

井上和人 1994年入学
 ボクサーみたいな風貌だが、おとなしく、常に黙然としている。飲み屋に行ってもその雰囲気は変わらない。大学院に進学し、中国に留学して勉学に励んでいる。その合間をぬって社団戦に参加し、貴重な勝利を挙げてくれた。

石原寛之 1994年入学
 A級リーグ戦の慶応戦で勝った事もある。イギリス留学経験もあり。競馬の造詣も深いようだ。現在は九州在住だが、上京したついでに社団戦に出てくれた。

勝目 泰 1995年入学
 振り飛車党で独特の「勝目システム」を開発し、個人戦ベスト32を2回経験した。また、運営者としても非常に有能で、常に会の運営のために動いていてくれた。

白川哲史 1995年入学
 個性的な同期のなかで目立たなかったが、着実に活動していた。卒業後しばらく姿を見なかったが、社団戦の最終日で久々現われ、ちゃんと勝っていた。

福田 聡 1995年入学
 入学時からきわめて個性的な言動をとっていた。将棋は研究熱心な正統振り飛車党で64の経験もある。ビジュアル系バンドやラーメンの造詣が深かった。8年在学し、麻雀のプロ試験に合格し、プロ棋士との「対抗戦」で森内竜王や佐藤棋聖(肩書きは対戦時)を上回る成績を挙げた。

町田清貴 1995年入学
 この代では唯一の生田生。矢倉を愛用している。卒業後、故郷の島根に帰ったが、社団戦の日が東京出張と重なると、わざわざ滞在期間を伸ばして参加してくれる。

有岡博巳 1996年入学
 入学時は「第三の男」的存在だったが、その後驚異の成長振りをみせ、この代最強となった。また、主将としてチームを引っ張った。特に五年目のA級での12勝2敗はチームに大きく貢献した。

鎌田貴一 1996年入学
 中学時代から秋田で鳴らし、入学当初は期待にこたえ新人戦で決勝に進出した。しかしその後はやや不本意な成績に終わってしまった。関東幹事として運営でも活躍した。現在は仙台で銀行員をしている。

鳥飼健太郎 1996年入学
 最初にロビーに来た時「一番強い人と指させてください」と言った伝説を持つ。完全なまでに定跡を知らない四間飛車党で、定跡通りに悪くなってからの逆転勝ちを得意(?)とし、リーグ戦で活躍していた。麻雀の腕も相当だった。

石原敬久 1996年入学
 2〜3年の頃は、福田とともに明大将研のビジュアル系として有名だった(?)。しかし、明大将研および将棋への情熱はかなりのもので、長年にわたって将研を引っ張ってくれた。また、実力のほうも着実に成長しており、王座戦でも勝利を挙げた。

山添周太郎 1996年入学

 なぜか「オヌマ」という苗字と勘違いされ、そのままそれがニックネームとなってしまった。非常に真面目な男で、卒業後も期待されたが、役所の仕事が忙しく、一時期はOB会から遠ざかっていた。しかし、2007年から復活し、最近は、社団戦・OB戦ともほぼフル出場し、チームを支えている。

須藤栄城 1996年入学
 無口で目立たない存在だったが、入った頃は将棋は好きでロビーや合宿によく来ていた。卒業後は全然姿を見ないが、あれだけ好きだったのだから、ぜひOB会でも指してほしいものだ。

新井太郎 1996年入学
 入学時は熱心で幹事長もやっていたが、その後あまり熱心に顔を出さなくなった。しかし、要所では活動に参加していた。ゴルフが得意だったと記憶している。

馬上(もうえ)勇人 1997年入学・全国オール学生優勝・アマ名人ベスト16・東日本名人・王座戦全勝・関東新人王など
 明大将研の歴史を変えた男の一人。入学時に新人王・2年春に関東決勝に進んだ。和泉にいた頃は、団体戦でチームを引っ張るというような感じではなかったが、強力な後輩の入学もあり、団体戦での責任感も増大し、最後の頃は、みんなの前で激を飛ばすほどになっていた。超名門企業に入社し、これからも職団戦S級での活躍が期待される。他に学生十傑戦2位、学生名人戦3位の実績もある。

井関一暁 1997年入学
 幹事長として熱心に運営に参加してくれた。また、在学中より、社団戦にも参加してくれて、すでに「明治SAKIURA」の主力の一人になっている。幸い、土日に休める部署に配属されたようなので、これからも選手・運営とも頑張ってほしいものである。

吉野大道 1997年入学
 2年の時の「A級残留を決めた勝利」は今でも語り草である。ただ、その後は強い後輩の入学もあって、リーグ戦では活躍できなかった。卒業後は社団戦で明治SAKIURAの主力として活躍。2000年の昇級、2002年の残留の原動力となった。

高橋麻美子 1997年入学
 1981年入学の間瀬さんの教え子で、高校時代より大会に出ていた。大学の女流戦にも出場していた。いろいろと忙しそうだが、今後も将棋を続けてほしいものである。

田辺英彦 1997年入学
 あまり顔を出さなかったが、4年生になって活動参加率が上がり、個人戦で128まで行った。ついでに風貌も変わり、皆を驚かせた。

冨川祐一 1997年入学
 麻雀の腕は相当のものだった。また、通常の活動にもよく参加してくれた。百貨店勤務なので、大会参加は難しそうだが、時間を取って顔を出してくれている。

宮治大輔 1998年入学・王座戦出場など
 入学時、地獄名人を3期獲得し、「永世地獄名人」の称号を獲得した。しかし、そこから驚異の努力を見せて棋力を飛躍的に向上させ、4年になってA級リーグで勝ち、個人戦で64に残り、王座戦にも5局出場。団体戦最後の将棋の相手は、現役のアマ王将だった。振り飛車穴熊からの攻めは「地獄攻め」と恐れられている。

宮下和也 1998年入学
 幹事長として、運営のほうで頑張ってくれた。また、いろいろと忙しい中、王座戦の応援にも来てくれた。
 卒業後も色々と忙しかったが、2002年社団戦最終日では久々に将棋を指したにもかかわらず、残留の原動力として活躍した。

永田進一 1998年入学
 司法試験を目指すなど忙しくてなかなかロビーには来れなかったようだが、それでも古新戦などの大会にはちゃんと参加してくれた。四間飛車が得意で、ツボにはまった時の指し回しはなかなかのものがある。(明大将研OnLineより抄録)